明けましておめでとうおめでとう父にさよなら母にこんにちわ |
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今日で休みが終わってしまう絶望と恐怖で死を意識しながら暇なので久しぶりに記事を書きます。 思えば、今年の年末年始はこう、年末感というか、おせうがつ感というか、特別な感じがなかった。 皆さんが子供の頃、朝起きて、すごく寒くて、ひょっとして?と思って玄関を少し開けて外を覗いたら雪が薄く積もっていて、今日は特別な日だ、とワクワクした気持ち。 ちょっと豪華な夕食を食べて、ケーキを食べて、お風呂に入って、朝起きたら枕元に綺麗に包装されたプレゼントを見つけた時の気持ち。そんな嬉しい体感と、さらに高まっていく正月への期待。残り少ない年末の残された日々に、人々の、何かやり忘れはないかと浮足立つ気持ちを敏感に察知しつつ、大晦日に親族で集まって年を越す。夜が開けると家の玄関のポストには大量の年賀状が入っており、みんなからお年玉袋を貰うむず痒さ。 少し前までは、大晦日と正月にもそんな特別感があった。 正月というのは正月に向けて、大掃除したり、年末の買い出し行ったり、仏壇や神前の膳を出したり、ついでに注連縄とりかえたり、こう、徐々に盛り上がりをみせながら進行するのが良い。 餅つきとかも大変で、充実感があった。 昔、ワシが小さかった時は、家で、臼と杵で餅をついていた。 家にはふた口の竈があって、タバコのカートン包装の紙を火種にして、細い木から大きな薪に火を移して、火加減を調整する名目で火遊びをするのがとても楽しかった。 その竈でもち米を蒸かし、やわかくなったら臼に移し、杵でグイグイと押すようにして荒い塊にする。この後、餅つきのイメージ通りに餅をつくわけたが、コレには少しコツがいるのかもしれない。中学の時、剣道部で餅つきをしたが、意外に皆うまく餅つき出来なくて驚いた事があった。なんつーか、自分と杵の動きと、餅の呼吸を上手くシンクロさせられてない感じ。オジイの様な餅との一体感がない。 年寄りは、まぁ餅好きだよね。 自分の目の届かない時に人知れず持ちを喉に詰めて死んでたりしないか不安になるよね? 年寄りは、まぁマラソン好きだよね。 実業団のやつから、箱根往路、箱根復路と毎日見てるわ。 なんだろうね、あの画面の緩やかな構図が、年寄りのゆっくりとした感性にがっつんがっつん来ているのかもしれませんね。 前半、特別感が良い、みたいに書いたが、 30日→買い出し 31日→忘れ物買い出し 1日→親戚に挨拶周り 2日→自由 3日→一週間分の買い出し というダラケきれるのが1日のみというダルい日程の休みだったので、正直どうでもいい気がしてきた。 だったら何故この記事を書いたのか?
答えは一行目に4文字で書いてあります。 「暇なので」と。 急に(そういえばワシは輪回しをやったことが無いな)と思い立って「輪回し」を調べたら面白かったので、皆さんもこれを読んで明日からの業務に活かして下されば幸いです。心の貧しい人達は幸いである。天国は彼らのものである。 http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E8%BC%AA%E5%9B%9E%E3%81%97
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1月3日(日)14:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | 携帯から | 管理
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